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名古屋高等裁判所 平成6年(ツ)6号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被上告人は、上告人に対し、五五万一七二五円及びこれに対する平成三年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  上告人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人八十島幹二の上告理由について

本件は、上告人が貸金業者である被上告人に対し借受金債務について過払があるとして不当利得の返還請求をした事案であるところ、上告人の上告理由は、原判決には貸金業の規制等に関する法律(以下「法」という。)一七条ひいては法四三条一項の解釈に誤りがあり、その誤りが判決の結論に影響を及ぼすというにある。

一  原審が適法に認定した事実関係は、次のとおりである。

1  被上告人は、法三条所定の登録を受け、貸金業を営む者である。

2  上告人と被上告人は、昭和六〇年一月一八日、次のような限度額融資契約(以下「本件包括契約」という。)を締結し、その際、被上告人は上告人に対し、同内容(ただし、(三)の括弧書部分を除く。)の限度額融資契約証書(以下「本件包括契約書」という。)を交付した。

(一)  融資限度額 五〇万円

(二)  約定支払日 毎月三日

(三)  利息 年三九・七五パーセント(ただし、昭和六二年四月三日以降は年三六・五パーセント)

(四)  遅延損害金 年三九・七八五パーセント

(五)  最低支払額 (1)融資残高が増加しない場合(融資残高が増加するまでの間)は、当初融資額が五〇万円以下の場合には返済期間三年一か月、回数三七回、最終支払期限は当初融資日の直後の約定支払日の三年後応答日、毎月の最終支払額は当初融資額の四・八パーセント(一〇〇〇円未満切上げ)、当初融資額が五〇万円を越える場合には返済期間四年一か月、回数四九回、最終支払期限は当初融資日の直後の約定支払日の四年後応答日、毎月の最低支払額は当初融資額の四・二パーセント(一〇〇〇円未満切上げ)、(2)融資残高が増加した場合は、増加後融資残高が五〇万円以下の場合には返済期間三年一か月、回数三七回、最終支払期限は増額融資日の直後の約定支払日の三年後応答日、毎月の最低支払額は増加後融資残高の四・八パーセント(一〇〇〇円未満切上げ)、増加後融資残高が五〇万円を越える場合には返済期間四年一か月、回数四九回、最終支払期限は増額融資日の直後の約定支払日の四年後応答日、毎月の最低支払額は増加後融資残高の四・二パーセント(一〇〇〇円未満切上げ)、ただし、右(1)及び(2)の各貸付後の初回の支払については、利息額を最低支払額とし、最終回の支払金額は毎月の最終支払額より増減することがある。

(六)  充当の順位 遅延損害金、利息、元金の順で充当

3  被上告人は、上告人に対し、本件包括契約に基づき、次のとおり業として金銭を貸し付けた。

貸付日 貸付額 融資残高 支払日

(一)  昭和六〇年一月一八日 五〇万円 五〇万円 毎月三日

(二)  同年五月二三日 三万円 四九万九九九六円 毎月三日

(三)  同年一一月一日 三万円 四九万九九九〇円 毎月三日

(四)  昭和六一年三月三日 二万円 四八万八九〇七円 毎月三日

4  右3の各貸付の際、被上告人は上告人に対し、「領収証兼残高確認書」と題する書面(以下「本件領収書」という。)をそれぞれ交付したが、同書面には、返済金の受領日、返済利息の計算日数、返済金充当の内訳(利息、元金)、次回返済期日と返済額、融資額、融資残高を記入する欄があり、適宜記入されていた。

前記3(三)の貸付けの際に交付された昭和六〇年一一月一日付け本件領収書には、次回(同年一二月三日)の支払額として二万四〇〇〇円と記載されているが、本件包括契約によれば、その額は一万七四四〇円と記載されるべきものであった。なお、上告人は、昭和六〇年一二月二日に一万七五〇〇円を支払った。

前記3(四)の貸付けの際に交付された昭和六一年三月三日付けの本件領収書には次回(同年四月三日)の支払額として二万四〇〇〇円と記載されているが、本件包括契約によれば、その額は一万六八九五円と記載されるべきものであった。なお、上告人は昭和六一年四月三日に一万七〇〇〇円を支払った。

5  上告人は、被上告人に対し、別紙計算書の「取引日」欄記載の日に「取引額」欄記載の金額(ただし、△表示の部分を除く。)をそれぞれ支払った。

二  原審は、右事実関係に基づいて、本件上告理由に関する部分につき、次のような判断を示し、法四三条の適用を認め、被上告人に対し不当利得として五五万一八八六円及びこれに対する平成三年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じた第一審判決を、被上告人の控訴に基づいて、被上告人に対し九万三二三二円及びこれに対する平成三年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払うよう変更した。

1  被上告人は、上告人との本件包括契約締結に際して、法一七条一項所定の書面を交付した。すなわち、法一七条一項六号所定の「返済期間」及び法一七条一項八号、同施行規則一三条一項一号チ所定の「各回の返済期日及び返済金額」は、本件包括契約書の前記記載によって漏れなく記載されている。換言すれば、包括契約を締結したうえで、それに基づいて、個々の貸付けが実行されるという契約形態が許容される以上、そのような契約形態においては返済期間、各回の返済期日及び返済金額についての記載はある程度包括的にならざるを得ないし、また、本件包括契約書に記載されている程度の文言であれば、通常人にとっても、それを熟読することによって貸付条件を了解することは十分に可能である。

2  なお、初回の支払に関する前記一4の金額の齟齬については、本件包括契約書によって、その額を算定することは可能であって、各貸付毎に交付される本件領収書の支払額はその目安にすぎず、しかも、上告人は本件包括契約書によって算定される金額に従った支払をしていることに照らすと、右齟齬は「各回の返済金額」についての記載が不明確として法四三条の適用を排斥するのは妥当ではない。

3  よって、法四三条の適用を認めることができ、結局上告人の本訴請求(過払による不当利得金の返還請求)は九万三二三二円及びこれに対する平成三年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余は失当として棄却すべきである。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

法は、貸金業者の事業に対し必要な規制を行うことにより、その業務の適正な運営を確保し、資金需要者等の利益の保護を図るための措置として、貸金業者は、貸付けに係る契約を締結したときは、遅滞なく、貸付けの利率、賠償額の予定に関する定めの内容等、法一七条一項各号に掲げる事項についてその契約の内容を明らかにする書面(以下「契約書面」という。)をその相手方に交付しなければならないものとし(法一七条一項)、さらに、その貸付けの契約に基づく債権の全部又は一部について弁済を受けたときは、その都度、直ちに受領金額及びその利息、賠償額の予定に基づく賠償金又は元本への充当額等、法一八条一項各号に掲げる事項を記載した書面を当該弁済をした者に交付しなければならないものとして(法一八条一項)、債務者が貸付契約の内容又はこれに基づく支払の充当関係が不明確であることなどによって不利益を被ることがないよう貸金業者に契約書面及び受取証書の交付を義務づける反面、その義務が遵守された場合には、債務者が利息又は賠償として任意に支払った金銭の額が利息制限法一条一項又は四条一項に定める利息又は賠償額の予定の制限額を越えるときにおいても、これを有効な利息又は賠償金の債務の弁済とみなすこととしている(法四三条一項、三項)。したがって、このような法の趣旨からすると、契約書面の記載事項は、債務者が自己の債務の内容を正確に認識し、弁済計画の参考としうる程度の一義的、具体的、明確なものでなければならないと解される。そして、貸付限度額その他貸付けの具体的条件を定めて反復継続して貸付けを行う旨の包括的な融資契約を締結した上、これに基づき個々の貸付けを行う契約形態において、包括的貸付契約及び個別的貸付契約の際にそれぞれ貸付契約に関する書面を交付するときには、少なくとも両書面を併せてみるときそれが法一七条の要件を充足した書面(契約書面)である必要があるというべきである。

そこで、本件についてみるに、本件包括契約書では、前記一2の記載があるところ、包括契約を締結した上で、それに基づいて個々の貸付けが実行されるという契約形態が許容される以上、その記載内容はある程度包括的・抽象的になることは避けられないから、本件包括契約書の記載自体は法一七条一項の趣旨に反するものとは直ちにいえないと解される。そこで、前記一3の個々の貸付契約の際に、被上告人から上告人に交付した前記一4の本件領収書につきみるに、同書面には、前記の各記載欄があり適宜記載されているところ、貸付金額が具体化した個々の貸付契約の段階において貸金業者から交付すべき契約書面には、右具体的な貸金額に基づく返済期間及び返済回数、各回の返済期日及び返済金額、弁済の充当関係などの記載が一義的、具体的、明確に行われる必要があるというべきであるが、契約書面である本件領収書の前記各記載は、本件包括契約書と併せてみても、到底右の記載の程度を充たしているということはできず、したがって、本件包括契約書及び本件領収書の記載により、債務者である上告人が、弁済計画を考えるための自己の債務内容を正確に認識することは困難であるというほかない。被上告人は、本件包括契約書と本件領収書の記載によれば、通常の理解能力のある借主であれば、個々の貸付けの際に、今後の具体的返済金額と各回の返済期日及び返済金額を理解することに何ら支障が生じることはないと主張するが、前示の法一七条一項の趣旨に照らすと、債務者がその交付を受けた契約書面の記載につき、具体的借入金を当てはめ、その返済期間及び返済回数、各回の返済期日及び返済金額、並びに弁済の充当関係などを時間をかけて計算しなければ理解できない程度の記載がされている前記契約書面は、法一七条一項が要求する内容を満たしているとはいえないというべきである。そして、全国的規模の営業網を持つ大手の貸金業者である被上告人において、前記の内容を記載した契約書面を作成することは、当時においても難きを強いるものとは考えられない。

そうすると、結局、被上告人から上告人に対し、前記一3の各貸付契約に際し、法一七条一項の要求する契約書面の交付はなかったものというほかないから、上告人が右貸付契約に基づき行った前記一5の各支払は法四三条一項一号所定の法「一七条一項に規定する書面を交付している場合における支払」とはいえないというべきであって、右各支払のうち利息制限法一条一項、四条一項の定める制限を超える部分は有効な弁済とはみなされないことになる。

四  したがって、以上と異なる原審の判断には法令の解釈を誤った違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この違法をいう論旨は理由がある。そして、原審の適法に確定した事実関係によると、上告人の請求は、別紙計算書記載のとおり、五五万一七二五円及びこれに対する平成三年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による法定利息の支払を求める限度で理由があり、主文第二項の限度で認容し、その余を失当として棄却すべきであるから、民事訴訟法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九二条但書、八九条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渋川 滿 裁判官 遠山和光 裁判官 河野正実)

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